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室井昌也

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スーパースター★カム・サヨン観賞ガイド&選手名鑑
2007.2.11更新

※注:韓国ではイニング開始前にスコアボードに「0」が表示されます(つまり試合開始時には既に1回表に「0」が)。
それをお知りにならずに映画をご覧になると、少々混乱するかもしれません。

当サイト運営者による、主演俳優・イボムス氏インタビュー

スーパースター☆カム・サヨンのDVDが発売されました!!

スーパースター☆カム・サヨン 観戦(賞)ガイド&選手名鑑

 2004年9月に韓国で公開された映画「スーパースター★カム・サヨン」が、2年の時を経て、2006年9月、東京のシネマート六本木シネマート心斎橋で公開されることとなった。わかりやすい写真でのシネマート六本木アクセスマップ

 「スーパースター★カム・サヨン」は、1982年韓国プロ野球発足時、サムミ(三美)スーパースターズに実在した左腕投手、カムサヨン(甘四用)をモデルにした作品。カムサヨンはサムミ特殊鋼に務めるいち会社員。そのカムサヨンが韓国プロ野球に参入する、親会社のチーム・サムミスーパースターズの入団テストを受け、プロ野球選手になる夢をつかむ。しかし、サムミはチーム名とは異なり、スーパースターのいない弱小チーム。そんなチームでカムサヨンに与えられた役割は、ほぼ勝負がついた後にマウンドへ上がる敗戦処理投手だった。作品では、彼をみつめる家族や周囲の人々と、弱小チームの奮戦を泥臭く描いている。クライマックスでは彼と対極にいる、連勝を記録を続けるスター選手・パクチョルスン(OB)との一騎打ちが。果たして、カムサヨンがスーパースターになれる瞬間は訪れるのか?

 作品では実在の球団、選手名、当時のユニフォームがそのまま登場し、球界発足時の雰囲気を感じられ、野球ファンならそれだけでも、スクリーンに心を奪われるだろう。また「近くて遠い国」と言われた時代の韓国が垣間見れ、当時の様子を人間味をもって感じられる。驚かされるようなストーリー展開はないが、夢を追いつつける者の熱さ、それを見守ってくれる家族愛がにじみ出た作品だ。

 残念ながら「韓流スター」と呼ばれる俳優は出演しておらず、日本公開まで2年もの時間を要したが、きっと野球ファンなら胸を熱く出来る作品だ。このサイトでは多くの野球ファンに観てもらいたく、より作品を楽しんでもらうために、当時の球界の背景や、出場選手などについてご紹介。野球好きなら「バックグラウンドを知っていた方が、より楽しめる」というのはご理解いただけるだろう。

 それでは、当サイト運営者で「韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑」の著者・室井昌也(スーパースター★カム・サヨン公認応援団)がお送りする、「スーパースター★カム・サヨン観賞ガイド&選手名鑑」、プレーボールです!(長〜いっ)
最新情報はブログで。

1982年韓国プロ野球スタート時って?

順位

チーム名(本拠地)
勝率
1 OBベアーズOBベアーズ(テジョン/大田) ビールの銘柄名「OB」が球団名。85年にソウルへ移転し、99年に球団名をグループ名のトゥサンに。クライマックスでの対戦相手。 56 24 0 .700
2 サムソンライオンズサムソンライオンズ(テグ/大邱) プロ野球発足時からチーム名、本拠地ともに変更のないサムソン。親会社は日本でも知られるサムスンイスンヨプ選手の古巣。 54 26 0 .675
3 MBCチョンニョンMBCチョンニョン(ソウル) テレビ局MBCが親会社。90年より、LGに。75年に日本で首位打者になったペクインチョン(白仁天)が選手兼監督として、初年度に.412で首位打者に。 46 34 0 .575
4 ヘテタイガースヘテタイガース(クァンジュ/光州) 製菓会社・ヘテが親会社。01年シーズン途中より、自動車会社・キアが親会社に。映画の中ではキムソンハン役が一瞬登場。 38 42 0 .475
5 ロッテジャイアンツロッテジャイアンツ(プサン/釜山) 日本でもおなじみロッテ。球界発足時から同じ球団名、本拠地。映画の中ではノサンス役が一瞬登場。 31 49 0 .388
6 サムミスーパースターズサムミスーパースターズ(インチョン/仁川) 映画の主役・カムサヨンの所属チーム。85年6月より親会社がチョンボに。ヒョンデの前身だが、現在インチョンを本拠地にするのはSK 15 65 0 .188

 左図が韓国プロ野球初年度、1982年の順位表。現在は1リーグ8チーム制だが、当時は6チーム(球団の変遷)。この年の日本プロ野球は、130試合目で優勝を決めた、セ・リーグの覇者・中日ドラゴンズと、球団発足4年目にして、初のパ・リーグ優勝を果たした、広岡監督率いる西武ライオンズが日本シリーズで対戦。西武が4勝2敗で初日本一を達成した。また、選手では落合博満(ロッテ)が初の三冠王を達成し、パ・リーグMVPに輝いている。

 韓国プロ野球初の公式戦は、3月27日に現在はアマチュア専用球場である、ソウル中心部に位置するトンデムン(東大門)野球場で、満員の観衆の中、6球団の全選手とマスコットが集まっての式典の後、チョンドゥファン(全斗煥)大統領の始球式で幕を開けた。作品の中では、この式典前を思わせるシーンが登場する。

 1982年は各チーム公式戦を80試合戦い、打撃部門では東映などでプレーし、1975年にはパ・リーグ首位打者にも輝いたペクインチョン(白仁天・MBC)が監督兼任ながら、圧巻の打率.412でタイトルを手にし、投手ではシーズン22連勝の「不死鳥」パクチョルスン(朴哲淳・OB)が投手三冠を手にした。

 翌83年には、試合数が100試合に増加。日本球界出身者が、その力を韓国のファンに見せつけた。巨人、南海、広島でプレーし、昨年惜しくも急逝した福士敬章(チャンミョンブ/張明夫)がサムミに入団。60試合、驚異の427回1/3を投げ、チームの勝ち星の6割にあたる30勝を挙げて最多勝となった。

 手さぐりの中、スタートした韓国プロ野球の様子をこの作品では感じることができる。

カムサヨンってホントにいたの成績は?

2004年のカムサヨン氏
カムサヨン氏と映画の告知幕

 「カムサヨン」は実在の人物。左の写真は2004年、SKワイバンズの開幕戦前に行われた、「スーパースター★カム・サヨン出演メンバー対当時のサムミスーパースターズメンバー」の親善試合でマウンドに上がった、カムサヨン氏。つまり、同じ名前と同じ背番号をつけた、本物と俳優の対戦だ。

 サムミはヒョンデユニコーンズの前身だが、サムミの本拠地だったインチョンを現在ホームにするのはSK。ということで、映画のプロモーションも兼ねた試合はSKのホームグラウンドで行われた。「西鉄ライオンズのOBが、ホークスの本拠地に集まった」と考えれば理解していただけるか。

 カムサヨン氏の通算成績は以下の通り。引退後は小、中学校野球部の指導者や一般企業に勤務。2005年からは、新設された国際デジタル大野球部の監督に就任した。映画では、一般の入団テストでサムミ入りしたとされるが、実際は左腕投手不足のチームからの要請で、キャンプに派遣参加。その際にテストを受け、サムミ入りが決まった。また、クライマックスで訪れる、パクチョルスンとの対戦も実際にあったが、対戦時期は脚色されている(16連勝目)。「敗戦処理投手」として扱われているカムサヨンだが、1982年に先発16度。133 2/3を投げ、規定投球回数を遥かに上回っている。当時、韓国プロ野球では分業制は確立されておらず、投手の駒も不足しており、一概に「敗戦処理専門投手だった」とは言えないようだ。

カムサヨン投手成績
年度 チーム名 防御率 S 投球回数 被安打 奪三振 四死球 失点 自責点
1982 サムミ 6.46 1 14 1 133 2/3 179 23 49 106 96
1983 サムミ 2.92 0 0 0 12 1/3 12 6 4 6 4
1984 サムミ 0 0 0 0 2 1/3 2 0 1 0 0
1985 チョンボ 6.53 0 1 0 30 1/3 41 17 11 23 22
1986 OB 3 0 0 0 3 3 1 0 1 1
通算 6.09 1 15 1 181 2/3 237 47 65 136 123

クライマックスの対戦シーン。両チームのメンバーはどんな面々?

2004年のサムミの面々

 サムミがOBベアーズと対戦するシーンに登場する選手名は、当然、当時在籍していた実名だ。出場メンバーは以下の通り。

試合中、サムミの打者に声を掛けるOBの捕手は、現トゥサン監督のキムギョンムン。当時のOBはキムギョンムンと現SK監督のチョボムヒョンがほぼ半分ずつマスクをかぶっていた。

 また、ファーストの守備で柔らかに足を伸ばし捕球する姿が印象的だが、当時の人気選手シンギョンシクのスタイルをそのまま再現している。

映画でのサムミのメンバー
位置 選手名 役者名 備考
投手 カムサヨン イボムス 本作品の主人公。
捕手 クムグァンオク イヒョクチェ 現・ヒョンデユニコーンズバッテリーコーチ。
一塁手 チョフンウン ミョンギュ 1982年は打率.284。44盗塁はその年の2位。
二塁手 イチョルソン チョンサンジン 1982年は42試合に出場、打率.260。
三塁手 キムグギル ヨチャンス チーム内に数多い、地元インチョン高出身。
遊撃手 ホウン イジョンジュン 引退後、1987年より審判員に。現役審判では最古参。
左翼手 キムムグァン キムミンソン 1982年は69試合に出場、打率.217。
中堅手 キムギョンナム ペクトミン 投手として1試合のみ先発登板。1988年引退。
右翼手 ヤンスングァン キムヒョク 1982年ゴールデングラブ賞。現SKワイバンズ二軍コーチ。

クムグァンオクコーチ

 カムサヨンとバッテリーを組み、映画内では「顔だけメジャーリーガー」と言われてしまう、クムグァンオク捕手。左が現在の本物のクムグァンオク・ヒョンデユニコーンズコーチ。映画について「(自分のことを)周りの人は“いいように描かれている”という人もいるし、“よくない”という人もいて、じぶんにはどっちが正しいか分からない」とのこと。「実際のじぶんの性格と映画とでは正反対だけど、楽しく見られた」とのことだった。

 カムサヨン氏については「同じ年で、出身はサヨンがマサン(馬山)、じぶんがインチョンと違うけど、いい仲間。こうやって注目されることを嬉しく思う」と、穏やかな笑顔で話してくれた。

 クムグァンオクを演じるイヒョクチェは人気MC・コメディアン。今季のSK開幕戦にパクチェホンのユニフォームを着て「パクチェホン〜」と叫びながらグラウンドに登場した。


ホウン審判員サムミスーパースターズ創団カムサヨンのユニフォーム
ショート守る、ホウンは現在審判員(写真左)。劇中でも登場する球団創団式の実際の様子(写真中) 
プピョン図書館で展示公開されたカムサヨン投手のユニフォーム

パクチョルスン氏パクチョルスンサインボール
劇中、カムサヨンと対戦するパクチョルスン氏の現在の姿。25周年OBオールスター戦で(写真左)
ひょんなことからカムサヨンはパクチョルスンのサインボールを手にするシーンがあるが、
写真右は実際のパクチョルスン投手のサインボール(パクチョルスンファンより、当方へ寄贈されたもの)

撮影されたのはどこの球場?

モクトン球場全景
モクトン球場ホームから
モクトン球場一塁側より

 サムミとOBベアーズが対戦するシーンで使われたのが、ソウルにあるモクトン(木洞)野球場。1989年に完成したアマチュア専用球場で、周囲にはサッカー場などが併設されている。16000席もある立派な設備を備えながら、入場券収入などが得られないため、手入れがされず老朽化が目立つ。

 その点が今回の撮影には良い効果を発揮したようだ。趣のある色合いを出すため、撮影時には照明を全て取り替え、一ヶ月半に渡り撮影に使用されたという。実際には外野スタンドはない(詳しくは映画を)。映画ではOBベアーズの本拠地という設定だが、劇中ではサムミが一塁側、OBが三塁側ベンチに入っている。

 最近は芸能人野球チームの試合で使われることも多い球場だ。場所は地下鉄5号線・オモッキョ(梧木橋)駅3番出口より徒歩7分。

(写真上)モクトン野球場全景

(写真中)ホームプレート後方より

(写真下)サムミの面々が座る一塁側ベンチより。

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